ドイツ人日本語通訳への道(九州大学へ)

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九州大学の本館

ドイツの美しい町として知られているビュルツブルグでイギリス人の母とドイツ人の父に育てられました。長女なので最初からバイリンガルで、外国語と異文化への興味が当然だと見えますが妹も弟も全く違います。実は、通訳の最初のお客さんは三才下の妹で、私がいなかったきイギリスのいとことコミュニケーションが通じなかったからです。のちに、高校生の時スコットランドに留学したところ、フランス人・ドイツ人・スコットランド人のパーティでも三つの言葉の間に通訳する楽しさの経験があって以来、お互いの言葉がわからない人たちの間に立って、コミュニケーションの橋を架けようという通訳を本業にする希望が湧いてきました。

それで高校卒業後まず英語・フランス語の翻訳者になりたいと思っていました。しかし、ドイツでは、人気がある大学のコースに入るために高校卒業試験で高い点数を獲得しなければならないのです。大学の翻訳コースはマインツ大学だけにあって、とても人気があったので、平均レベルの点数しか取れなかった私にはとても無理でしょうと思って、その代わりにミュンヘン大学で比較文化人類学を主専攻にしました。ドイツでは文学部に入ると主専門以外に二つの副専門も勉強しないといけませんが、なかなか決めなかったのです。

ドイツ人が日本語を勉強する

三年生になって、やっと日本学に決まってから不思議な魅力がいっぱいの別の世界への扉が開かれたように感じました。副専門なのに、最初は100人以上の主専門の学生と同じ授業や中間テストまでも受けて、先生に専門を変えることを推薦されましたが、結局変えなくて、無事に修士課程を終えました。。 修士論文は日本の最南端の波照間島の世界観について書いたときは、その島に全然行ったことがないなのに、ドイツ国内にあるドイツ語・英語・日本語の資料に基づいた理論の話だけになることに不満を感じて、初めて日本に行く興味がわいてきました。そのチャンスが博士課程に入ってから半年後に来まして、1990年の十月は文部省の奨学金をいただいて、研究生として、福岡市にある九州大学の文学部宗教学研究室に身をおきました。